行政書士から拡張業務へ

基本資格行政書士を活用して代書屋からの展開

 時代は良い方向に向かっているのか

   さいたま市の自宅に、ただ一つの目的の為に、昨日帰省した。8日新大阪駅を12時45分に発って、東京駅を経由してさいたま市の自宅に向かった。夕方4時過ぎに着いて、翌日9日11時に家を出てアクシデントに遭って1時間半のロスを経て東京駅から13時新幹線に乗車して、新大阪駅に3時半に着いた。
 自宅での短い滞在の間に、自宅近隣を散歩した。広大な住宅開発した地域は、元々は植木屋を営んでいた方の土地で、今でも周辺に残っている畑でハナミズキや躑躅などの木々が色とりどりの花をつけている。帰省は10カ月ぶりで、駅に降り立って大きく変わる駅周りに驚いた。駅前にあった「マツモトキヨシ」は郵便局に変わっていた。スーパー西友は、駐車場や自転車置き場や隣接していたマクドナルドが無くなって、全て、西友の店舗に拡大されていた。
 大学があるので、その学生相手だったのか飲み屋さんが目立っていたが、その一部が閉店して「餃子の満州」に変わっていた。この「餃子の満州が」このさいたま市の自分の家の近くが本店だとは知らずに、たまたま、大阪府豊中市に仕事で出掛けた時に工場直売と言う看板に魅せられて、大量に購入して来た。美味しかったので、わざわざそれを求めて出掛けることもしばしば。
 以前帰省した際にその話をすると、息子が、ここに本店があるんだ、と言っていた。その店舗が自宅に戻る途中に出来た。
 そのほかにも、コロナ禍で支援金を貰ったり借り入れしたりしていた制度が無くなったので、閉店したのは飲食店が多く新たなお店や入れ替わった新しい店が目立っていた。
 逆に、駅から離れた場所は、店だった場所には既に無いお店が多く見られて、住宅に変わっていた。
 そんな住宅に囲まれるようになった、歴史あるお寺があって苔むして朽ち果てている境内にある幾つかの建造物のお堂に、一つ一つ手を合わせた。
 お賽銭を準備したが、賽銭箱は探しても見当たらなかった。賽銭泥棒に対応するより、その機会を皆無にする為に撤去したと勝手に思った。
 境内の大きな銀杏の木は、多くの銀杏を地上に足の踏み場も無いほど恵みを与えていた。
 一帯は、私がここに越して来た30年前は、広大な森に囲まれていて、散歩するにも草木をかき分け、木々の枝を払った。この森を半分ほど行くと、そこにも巨大な銀杏木二本が鳥居の様に聳え立って、奥に神社があった。
 いつの間にか、開発されて銀杏の木は切り倒されて、神社は移された。森自体は完全に無くなって、住宅に変わった。
 詰まらない街になった。我が家に隣接して大学のキャンパスがある。本部は、東京都港区にあるが、大学1年生と2年生は、ここに通学して来る。
 キャンパス内には、森があった名残で手付かずの一画もあり、以前はキャンパス内を散歩して学食でラーメンなんかを食べた事を思い出した。
 東京駅では、帰阪してから食べる夕食を駅弁にしようとコーナーに飛び込んだが、目的の仙台で人気No.1の「鮭はらこ飯」が売れ切れていたので、似て非なるものを購入した。
 今年の次の帰省予定は、年末に帰省する。