行政書士から拡張業務へ

基本資格行政書士を活用して代書屋からの展開

 雨の日は、懐かしい映画が一番。

 スケジュール表を見て、連日外出する予定が埋め尽くされているのに、昨日までなんで23、24、25日が空白になっているのか分からなかった。3連休だと気付いたのは、今日だった。世間が祝日でも全く意識せずに、この日だったらと相談があった先に言うが、返事はその日を回避されて気付くと祝日だった事が多々ある。
 私のスケジュール表は自家製で、曜日は分かるが、祝日などは分からない。
 朝から、以前から返事をしなければならないと気になっていた士業の先生にメールを作成して送信した。返事をしなければと気になっていたのは、8月3日頃からなので、既に2ヵ月近く経過していた。
 私の言動の理解者のお一人で、その時はまた変なトラブルに巻き込まれて、いわれのない事を言われたりしていた時の内部精通者で、私の立場を理解してくれていた方に、やっと事情の説明が出来た。かなりの長文になって迷惑かけてしまったかも。
 その他、ハローワークへの求人関係手続き、9月経費伝票処理、経費付け替え、給与計算、など行っていたら、もう午前の仕事は終わった。
 雨が降っていたので、午後は外出もせずにマンションで過ごした。テレビが全く面白く無いのでℹ︎Padで映画を見た。それも、昭和30年代、40年代の小学校から高校時代、状況間もない頃の映画だった。
 橋幸夫と吉永小百合の「いつでも夢を」はこの当時のあたり映画で、よくあった貧しくも力強く未来に向かって、明るく生きる若者を描いた作品だった。このような作品を通して、集団就職で上京した方たちを励ましていたのだろうと思う。
 しかし、その底なし沼から這い出すのは、ホンの一握りの人で、多くの方たちは高度成長期の工場の歯車として生きなければならない人生を送っていた。有能な方たちが沢山いて、現代だったら生き生きと人生を謳歌していたであろう女性たちもまた、苦しい生活に押し潰されて行った。
 吉永小百合と高橋英樹の「伊豆の踊り子」は言わずと知れた川端康成の短編小説の映画化だった。最後の別れのシーンは、これもまた、この時代の感動的場面が素晴らしく描かれていた。当時の、昭和初期の旅芸人の悲哀、恵まれた東大生と底辺に生きる旅芸人の娘の、多分添い遂げられなかった人生の余韻を残している。つまり、その後のことは、それぞれの経験や時代を知ったうえで、想像の中で完結をさせようとしていた。
 問題は、神田川の代表作に歌われたかぐや姫の物悲しい抒情詩に描かれた、秋吉久美子と林隆三の「妹」と秋吉久美子と高岡龍二の「赤ちょうちん」で、何を表現したいのか全く分からない。藤田敏八監督の作品の言わんとしている事は分からない。
 食事に気を遣っているが、以前のようにストイックには対処していない。
 朝は、納豆でも食べようと思ったが、冷蔵庫を開けて最初に目についたのが、自家製炊き込みご飯、加えて、自家製の胡瓜🥒とキャベツ🥬のお新香にした。
 昼も夜も簡単に済ませて、間食に、お萩やブルーベリー🫐ジャムを塗った一口大のヴァイアン、夜はヨーグルトに🍌を加えて頂いた。
 このような、穏やかな生活も、いつかは終わる。
*画像は、無断で拝借しました。