念願の寺院との連携なる
勃興期の5年間は、2001年6月スタートの翌年5月迄が第1期で、そのスタート月は売上0円だった。見事に0円だったのだ。今でも強く覚えているが、これはダメだと諦めて埼玉に帰ろうと思った。
そうして2006年6月からの1年間の売上が300,000,000円を超えたのだ。その売上を獲得する為に寝食を忘れて、一気に攻め上げる武将のように闘っていた。
しかし、敵は獅子身中に存在していたのだ。つまり、総合力ではなく孤軍奮闘だったのだ。この年を境にして、先頭に立って直接処遇から身を引いた。
しかし、それまでの5年間は、消えない黒歴史と言える足跡が残っている。
その事件が起きたのは、入浴介助中の事故処理がやっと終わった頃だった。新たな期がが始まったばかりの、月末だった。早朝、介護管理者からメールが入る。
要介護5の独居利用者宅への早朝ケアに向かった管理者が、利用者宅の戸の貼り紙を見て慌てて連絡して来たのだ。
警察署からで、早朝に居住者がガラス戸を突き抜けて路上に倒れていたのを近所の方が発見して警察へ連絡したが、既に絶命していた。
貼り紙には、担当している介護事業責任者に警察署に来て欲しいというものだった。直ぐに、管理者が管轄に警察署に行って事情聴取を受けた。
その発見した近所の人が、個人的に親しかった当社のヘルパーさんに、あんたの会社がヘルパーしている利用者がこんな事になっていたよ、と連絡した。
その連絡を受けたヘルパーは、社内にグループを作って私を恨んでいた者だったので、余計ややっこしくなっていた。
そのお局ヘルパーは、誰しもが認める自分の卓越した介護技術をウリに同僚に対して、攻撃的な言動が激しく手に負えないモンスターになっていた。
特に新人や経験の浅いヘルパーと組むと、同じ報酬単価に納得出来ずに、連絡帳などで馬鹿にしたり避難したり目に余る行為に、辞めさせる方向で動いていた処だった。
新人への攻撃的言動は、自分の力を見せ付けて自分への評価を高める狙いがあったのだが、私は大阪人ではない。
和を持って尊しとなす、の精神なので、幾ら飛び抜けた能力があっても私の経営者としての範疇からはみ出す人間は、いつかは会社を危うくする危険性があるので、素直で会社の方針や理念に沿った勤務態度もっている人材の方を選択するのだ。
その私の意思が鮮明になって、本人も認識し出した時なので、私へのトドメとなるチャンスを活かさない手はない。
ここでは、この事実を確かなものにする為に、私より早く第一発見者からの連絡を受けて現場に行って情報を仕入れた。
その情報を握って、私に何も言わず、後ろから鉄炮を撃ち始めた。当社のヘルパーさんが、利用者を殺した、と噂を振り撒き始めた。
それが功を奏さないと見るや、衝撃的な絶命状態を取り上げてくれる様に日本で最高発行部数を記録している新聞社に手紙を書いて取材して記事にしてくれる様に頼んだ。
さて、事故発生直後、事故の伏線となった社内の軋轢を知った。
それは、次の機会に続きを明らかにするにしても、これから解決までに数年を要したトラブルに発展した個人のエゴが産んだ事故だったと、後から知った。
今日のメインは、身寄りのない方の納骨をお願いするお寺さんの訪問だった。勿論、お金を出せば幾らでも受けてくれるお寺さんはあるが、金銭的な余裕の無い方への支援の一環として、どうしても最終の行き場である納骨をさせてくれるお寺さんが必要だった。
その紹介が、ひょんな事からしてくれる事になった。その住職にお会いして、お願いするのが今日の午前11時だった。
偶然にも、同じ市内で紹介者からお寺の名前を聞いた時に、何となく聞いた記憶があって調べた。間違いない。市内だけではなく、遠くまで聞こえた名声だった。
斬新的なお寺経営を発信している女性の住職だった。革新というかユニークな運営で、お寺さんだったら絶対にしないだろうと思う様な、守旧的のリーダーのようなお寺さんだったら座して死を待つしかできないお寺業界関係者の生き方からして非難の的になっていた。
私も、配信されている動画やニュースを見て唖然とした。その様な特異なイベント的なことばかりインプットされていた中での訪問となった。
訪問して、12時迄の1時間半住職のこれまでの実績や私の連携事業の受け入れと具体的な費用など、そうして、
「これからは、用件があったら直接携帯電話に掛けて下さい。」
と、言われてワンギリの発信をして貰った。
当初の、私のご依頼は身寄りのない方への納骨が出来る墓地を持っているお寺さんの確保だった。一時は、廃寺の売りを検索していた。
その話しを聞いた知人が紹介してくれたのが、本日訪問のお寺さんだった。図に乗って、葬儀や樹木葬、ペット納骨なども受け入れて貰える事となった。その料金もかなり安価で、そのお墓も見せて頂いた。
思う願い以上の成果を頂いて、ご本尊の阿弥陀如来像に手を合わせて、仏様のお話しを頂いて終えた。
身寄りの無い方でも、代理人の私に対して、お骨を受け取るだけでなく、4,50
分の説法を受ける様に言われ、立派なお考えの住職だと感じた。
今日の昼食は、三輪さんが行ってみたいと希望していたイタリアンの店にディナー前にランチで様子を見に行ったが、予約で満席だった。
隣のお寿司の長次郎へ行った。今日は天気が良かったが、疲労が蓄積されていて早目に帰宅して眠ってばかりだった。
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