行政書士から拡張業務へ

基本資格行政書士を活用して代書屋からの展開

人付き合いの重要性を知る

 さて、ヘルパーさんが入浴介助時間中に利用者が意識不明の重体に陥った事故事件。脳神経外科病院でのICUで、山場が今夜だとドクターに告げられた。この後、このまま病院に留まる覚悟していた。

 しかし、重体に陥った利用者の家族さんが、明日からの私どもの仕事への影響を気遣って何度も大丈夫ですから帰って下さい、と言われ気にはなったがお言葉に甘えて帰宅する事にした。

 ヘルパーさんは、気が休まる事が無いだろうが、帰宅して休暇を取得するように指示した。日頃の、ヘルパーさんの取り組みが家族の感謝の気持ちに繋がっていると、この様な時によくわかってヘルパーさんに対して有難いと感謝した。

 山場の深夜を気にしながら、翌朝を迎えた。朝、病院に駆けつける。容態の変化は認められず。この日も、娘さんに変化があったら連絡しますので、わざわざ、病院に来なくても、と言われてお言葉に甘えた。

 1週間後、ICUに入っていた利用者の足を摩っていた娘さんが、温かく感じて連絡して来た。駆けつけると、意識が戻って来てドクターも驚く。数日後、大部屋に移りすっかり元気を取り戻した。

 しかし、大部屋で以前からの認知症が影響して四六時中大声で騒ぐ様になっていた。苦情が殺到して個室に移る事になった。その際、病院から家族の付き添いを求められた。

 この機会が、誠意を示す事として当社が24時間、退院する日まで無償で付き添いを提供する事にした。

 この日から数週間、当社の多くのヘルパーさんが交代交代で24時間対応した。利用者は無償で、しかし、ヘルパーさんには有償で多額の出費が予想された。夜間は、5割増しで支払いをするので、平均の時間単価が2000円とすると24時間で1日5万円、10日で50万円。3週間で150万円を支払う事になった。

 処が、世の中、付き合いや幅広い友人関係を構築して置くものだ。私は、今でも東京での勤労時代からの大手損害保険会社の社員と50年以上も契約者と保険代理店と個人的付き合いがある。

 この大きく損害を受けた事故事件について、損害賠償責任保険の適応が為されないか、その友人に聞いた。当然の原則を伝えられた。

 「損害を受けた会社と損害を与えた会社が同じであれば、損害賠償責任保険の対象にはならない。」

 その上で、当社は法人名と事業を展開しているブランド名は異なっていた。その異なった利を活用して配慮してくれた。

 その詳細は、公表は出来ないが大きく支払いを上回る何倍もの保険金が支払われた。この時ほど、保険の価値と会社を守ってくれた保険の効用を実感した。

 利用者は、退院した後、要介護度は3から1に低下して元気になって認知症状が無くなって、全てが大団円に終わった。

 と、思ったが事故の当事者のヘルパーは、責めの気持ちから逃れる事が出来ずに、暫く、利用者へ支援をしただけで、介護から引退してしまった。

 私はヘルパーさんに申し訳ない気持ちがずっと消えなかった。何度も、湯船に飛び込んで利用者の顎を手で押さえて沈むのを防いでから排水口の栓を抜いてお湯を無くしてから、救急車を呼んだくだりは、普通のヘルパーさんには出来ない行動だった。

 死亡事故が、これを機に続く事になった。

 続く。


 前回、面談した時に周辺が焦って本人の理解を確認しないままに私の方に依頼して来たのが分かっていたので、白紙になっても驚かなかった。

 それより、特別養護老人ホーム施設長や地域包括支援センター管理者、介護支援専門員などが揃う中、私が全てぶち壊す訳に行かなかった。

 前回と今回は1週間が空いているが、実は間が無い一連の流れなので、私の方から白紙の結論に誘導した。

 前回の本人へのヒアリングの際に、核心を突く質問に対して言葉は途切れる事なく話し続けるが、聞いている事に対して何の返事もしない。

 1時間以上何度も軌道修正しながら確認したが、何も得られなかった。僅かに、名前をやっと確認しただけだった。

 この日、私は午後の予定、それも午後から2時に予定されていたと思って、その積もりで仕事を進めていた。

 何の気無しに、再度、午後の何時か確認する積もりで、スケジュール表を見た。

 何と、思っていた訪問時間が全く異なっていた。午後2時からではなくて午前10時半に四條畷市の特別養護老人ホームに併設してある地域包括支援センターだった。

 慌てて、三輪さんに時間の変更を伝える電話をしたが、2台の携帯電話は留守番電話だった。ギリギリ、間に合う時間に準備が出来て、出発した。

 予定した訪問時間10分前に施設に到着した。訪問を告げて、施設内応接室に通されて暫く待って、ご本人と担当ケアマネジャー兼副施設長と面談をスタートさせた。

 「今日、大事なことを聞かせて頂きますので、ハッキリと教えて下さいね。」

 と、断って話を聞き始めた。

 施設には、ショートステイで入所生活を始めている。月の数日は帰宅している。私どもが、保証人として活動する中で、

 「緊急連絡先になりますが、例えば、緊急で入院して意識がない中で手術になり同意を貰う、延命措置の有無を聞く相手はあなたの親族になります。私が、緊急連絡を受けた後、誰に伝えたら良いですか?具体的な名前を教えて下さい。」

 「Kです。Kは、頭が良くて親戚の中でもkに、財産を引き継いでもらう事で親戚で話し合ったいます。」

 「そのkさんは、何処にいますか。」

 「分からない。」

 「分からなければ、連絡が出来ない。」

 「友達に探して貰っている。」

 「その、友達は誰ですか?」

 「Mちゃんです。」

 「Mちゃん、って誰ですか?」

 「友達です。」

 「連絡して、確認していいですか?」

 「ダメです。Mちゃんは脳の病気で大きな手術をして、入院して動けない。」

 「動けないなら、探す事はできないですね。」

 「大丈夫です。電話で何でも出来ます。」

 「それでは、Mちゃんに連絡させて下さい。」

 「それは、ダメです。友達に迷惑は掛けられない。」

 財産の確認、親族の確認、最悪の場合の遺体の引き取り、金銭管理などに必要な情報確認も今日も得られそうも無いので、早々と打ち切った。これ以上、時間を掛けても無理なのを悟った。

 何の関係もない事を話そうとするのを、遮って先日聞いた、と無駄な話しは先日と同じ文脈だったので、もう聞かなくてもいい。

 その四條畷市の施設に向かっている間に、枚方市の障がい者自立支援センター相談員に連絡した。

 昨日、がんサバイバーの菊ちゃんが11日から18日迄治療と療養で休暇を取得しているが、相談者の異常行動に苦しみ眠れない状態に陥っていた。

 深夜2時にメールが来て、対応するも相談者の異常行動で眠れない、とSOSのメールが来て、事情を聞きこの事業で初めて断る事にした。

 その事情と今後関わりたく無いので、以後の支援を断った。余り、長い時間話をすると隙が生まれるので、言葉を短めに早く切ろうとした。

 処が、事情を具に聞こうととしつこいくらい聞いて来る。自分も相談者の言葉に困っているという。他に事業者は沢山あるので、関わる事はこれまで。

 施設にてヒアリングを中途でストップして、近隣にある新鮮野菜の安い販売店に向かった。何と、休みだった。仕方がなく、近くのスーパーで少し買い物をして外食しに「かつ喜」に向かった。

 私達が入店した時に席が1席だけ空いていて、後から客は来るは来るは。コロナ禍の中で日常的に生活を始めて、どうなる事やら。

 私は、カロリー制限でトンカツではなく、エビフライ3本、三輪さんは三元豚の上を行く「四元豚」を食べた。