行政書士から拡張業務へ

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施設入居者への外出支援と電話での安否確認

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 今日の午後2時から、施設入居者への外出支援で東大阪市の老人保健施設に向かう。昼食時間を考慮して3時間を想定して、11時に三輪さんに出発するお願いをした。天気は良いが、悩むのはいつも外出時の食事する場所だ。

 私は意識して居ないが、決めるのに何か拘りがある様だ。だから、決めるのに苦しんでいる。今日も朝から、何時に出るかは食事する場所が決まらないと決められなかった。どうしても決められなかったら、イオンか京阪百貨店か来週予定している菊ちゃんの誕生会を挙行するお店にしようと思っていた。

 朝、朝刊へ挟んであった折り込みチラシの中に京阪百貨店催し会場で、物産展があって店内食事が出来る出店があった。内容を見ると、東京のお店で担々麺とカレーだった。よし、ここに行ってどちらかに食べようと決めた。

 そうすると、食事に1時間、施設まで1時間、百貨店までと渋滞などのロスタイムを1時間を見て11時出発した。百貨店催し会場へ直通エレベーターに乗って、同じ目的の階に向かう人で一杯だった。エレベーターを降りて一目散にイートイン会場に向かった。

 担々麺を注文する窓口で、辛さと痺れのレベルを指定しなければならず、私は6段階の何れもゼロで三輪さんは何れも1にした。応急的にイートイン会場を設置したスペースは25席程度で見渡すと満席だった。その中の一番端の24,25番が空いていて案内された。

 概ね、ここで物産展があって全国各地の美味しいものが提供される時には食べに来る。もう何十年も通っているので、グルメ舌になっている。中でも絶品だったのは、何といっても東北物産展の時に食べた青森県の比内鶏の親子丼だった。

 いつも最高のものを注文するので、4000円くらいだったので親子丼に4千円はどうか、と悩んだ。特に貧困に苦労した母親の姿が目に浮かんだ。罪深い想いを抱きながらも、崖から飛び降りるつもりで、注文した。大きな朱塗りの器に入って運ばれて来た親子丼は一口食べて、衝撃が走った。この世にこんな美味しいものが有るのか、と言うものだった。

 私の記憶の中で、それまで一番美味しいものは、東京に出て来て新橋のちゃんこ屋さん「両国」で食べた『あん肝』だった。もう50年前の話で有る。お店が残っているのか不明だが、残っていたらいつか行って、もう一度食べてみたいです。

 そんな記憶を呼び起こしながら注文品が来るまで三輪さんと話しながらウキウキして待っていた。処が、余りにもいつもの待ち時間より相当経過しているのに、担々麺が来ない。会場を見渡すと、誰の席にも器は来ていないのに気付いた。どうしたんだろうと思って暫くすると、やっと運ばれて来た。

 私は、黒胡麻の汁にしたので真っ黒だった。三輪さんは、白胡麻にしていてた。一口、スープをレンゲで口にした。辛さ0の注文品だったが、意外にも辛みを感じた。三輪さんは、絡み1だったが一口飲んで、辛い!と一声が出た。味的には中途半端で、不味くは無かった、との印象だった。休みなく箸を運んで終わった。

 辛みや痺れを希望するお客様にとっては、良い機会だったと思う。終わって、会場をまた見渡すと大半のお客様の前には。未だ、運ばれていなかった。こんな光景は初めてだった。入り口にはお客様が並んで、会場内に席の増設作業が行われていた。

 会場内の物産展を見て回る事にした。沢山の美味しい物が出店されていた。2周ほど巡って、小さなお餅を各種餡で包んであるセットと4千円位のチーズケーキを購入した。このまま、外出支援を行うのでチーズケーキには保冷剤を沢山入れて貰った。その他、直ぐに食べないとダメなお菓子も購入して車に戻った。

 一路、東大阪市の施設に向かって、待ち時間も無い程度の時間に到着して、入居者を居室から連れて来て貰って出発した。今日は、本人の希望があって部屋が寒いので部屋着を購入したいとの希望に行き先を検討した。以前も、衣服の希望があったが近くに高齢者が着る服の店が見当たらない。ネット検索して、何と一番近い店が事務所近くの門真市に見つかった。10キロ近く戻って来る状態だった。

 大型スーパーに入店している専門店に入って、暫く探して試着した。それでも、1着決めるのがやっとでお気に入りの服がない。他の階の店に行く事になって、私は同行しても役立たずなので、車に戻って待機した。1時間程度巡って戻って来た。お直しを三輪さんのお母さんにお願いして届けながら、施設に向かった。

 途中、施設から未だ戻らないか電話があった。後30分程度と伝えると、5時半に施設入り口が締まるので、着いたら事務所に連絡してくれと言う。6時に到着して、開けて貰って何とか無事帰館した。

 いつも、私は契約者の希望を受け入れて外出や食事をする事がある。入居者の希望をできるだけ応えてあげたいと思うのである。