自分の死後事務はどうなる
明日、午後から東大阪市にある総合病院にて入院されている患者の死後事務と金銭管理に加えて保証人や任意後見などという焦点が定まらない地域包括支援センターを通じての相談案件があって、面談をする。
その面談を通じて、必要な契約なり準備して公正証書なりの作成に向けて動き出すわけだが、その説明資料を準備したり作成したりしていた。そうしていると、ふと相談者を自分の置換していた。
一番気になっているのは、個人的に契約している案件の処置だ。多過ぎる。成年後見人は法人後見以外に、個人への成年後見人就任要請があって、ごく僅かだが担当している。重要度が高いと思う。任意後見契約は少し多い。当然だが、それに併せて死後事務委任と遺言執行の公正証書があるので、勿論重要度が高い。
そうして、最近多くなった保証人受任があるが、これも少しずつ増えてきている。居住支援の一環として緊急連絡先に関してもそれなりの数を重ねている。金銭管理の要請が多く、逃げていたがどうしてもと地域包括支援センターなどから懇願されたケースに格好付けた提案をして、予想した金銭管理計画が直ぐに破綻して多額の負債を私が被って、終わった。なので、当分は受け入れない姿勢を示している。しかし、需要は確実に見込めるので、リスクを如何に少なくするか、で再開を狙っている。
続いて事業である。社員を抱えている事業運営は責任がある。先ずは、株式会社である。現時点では安定経営だが、向上を見込めるか?という課題に悩む。先日、社員面談した時に確実に毎年昇給している事への感謝言葉があったが。それに対して私は昇給出来なくなったら経営者失格だと思っているので、その時は会社経営を辞めると言った。毎年、最低1万円は昇給させている。
問題は、前年度はギリギリの経営だったので、今年度は収入を注視しながらの経営になっている。経営計画では順調に決算を迎えられると思う。次年度も新たな収入を見込める新規事業が生まれるので、希望はある。問題はそれを動かす人材である。私が前面に立って動いているが、私への負担が増えれば増えるほどいざとなった時には危機に直面する。
特定非営利活動法人の創始者であり代表理事を設立から務めているが、相当前から退任を模索している。常勤者は少ないだけにコントロールが大変だ。特に、成年後見事業を主として営んでおり、後見人の人数が少ないだけに一人当たりの負担が大きい。
なので、一人抜けると大きな問題になる。基本的に奉仕の精神と中立公平な考えと倫理観の維持が求められる。事業として運用するので収支バランスの考えが求められるが、そうはいかないのが人間の性である。言い方は卑近だが楽して儲ける考えが占めてしまうのは、大目に見ている。
しかし、我慢しなければならない時にそれを出すのは耐えられない。その苦労はもう20年近くになる。地域での評価は高く信頼も厚い。なので、最後はそのプライドを捨て切れず、やはり継続に傾いてしまう。
何が大変だというのは、人事管理と収支安定である。人員を増やせば収益につながる依頼に応えられて経営は安定する。しかし、人事掌握が厳しく失敗すれば組織崩壊に繋がる。それほど、この成年後見活動は大変なのだ。この組織を維持する為には、同じ組織である他の特定非営利活動法人への譲渡になる。
次の組織は一般社団法人である。教育で地域に貢献する目的で設立した。コロナ禍の直前である。事業目的に従って、著名な講師と組んで全国展開に向けて始動したセミナーは15万円という高額授業料に関わらず、大阪、東京、埼玉と何も満席だった。
私が考案したセミナー形態は成功に導いて、次の仙台開催に向けて準備を始める時に、コロナ禍で対面式セミナーは継続不可になってしまった。初年度の半年間で1千3百万円を超えた収入だったが、それ以後3年間は無収入となった。個人法人をなんとか生かそうと次の新規事業をこの法人に担って貰おうと動いている。ただ、従業員は居ないので負担感は無いが、折角立ち上げた法人なので、機会を狙っている。
そうして、今やメインとなりつつある行政書士事務所である。責任感のある受任が多くなって来て、何処までやるのか振り返りながら自重しているが、連日の相談に応じてしまっている自分に不安があるのだ。
そうして、対外的な協働事業として居住支援事業は、新たな国家予算がつく事業が示されてこれから一段と弾みを付ける。特に、公的な役職も頂き慎重にも積極的なリーダーシップを発揮する義務があるので、地力を付ける学習の日々だ。
加えて、全国展開している地域活性化ポータルサイト運営上場会社の都道府県単位でスタートする新規事業の大阪府アンバサダーに就任して活動を開始する。その前哨戦の独自のサイト構築に向けて動き出した。今日も午前中に提供する試験的なサイトを作っていた。
また、新たな市との協働事業として市民全員を対象にした起業掘り起こしや継続を目的としたM&Aの提案をして最初の打ち合わせが終わった。
やることが並行して沢山あるのは、自分が創業した24年前から続いている事だ。それがあったから、会社は続いている。儲かっている時に次の手を打って置くことが私の主義だ。ただ、無責任な終着にならないようにしないと行けないと思っている。


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