夕陽が泣いている、保証人業務に
公明党が自民党と連携を解消した。政権与党にべったりだったが、余程の事があったんだろう。細川、小沢と政権に擦り寄って、自民党が与党になると理性も無く政権与党入りして旨みを享受していた。
処が、今回の総選挙では与党に擦り寄った効果も無く惨敗に至った。その惨敗理由を根本的問題では無く、自民党の裏金問題に押し付けて今回の離脱に至った。処が、他の野党は野党になった公明党に良い感情は無いだろう。しかし、公明党を除いては、過半数を制せない。
問題は、次回の総選挙である。当然の事ながら、自民党との棲み分けは出来ない。なので、独自の戦いになる。処が、どの選挙区でも当選レベルの票は得られないと思う。つまり。公明党の消滅のスタートになる日だった。
そんなニュースが流れていた。何事も全て出会って別れて、人生が終わる。昼間は天気が良くて、365日の1年間で、10月10日が一番晴天の日が多いと言う理由で1964年のTOKYOオリンピックの開会式が決められたという故事に従うように今日は終日晴天だった。
昨夕は、夕陽が赫赫として鮮やかな姿を見せていた。徳島県三好郡の吉野川上流から下って2時間近くで鳴門市を走行していた。その夕陽を見ながら、中学3年生の秋風が吹く季節に街中に流れていた「夕陽が泣いている」の曲の新たなサウンドに刺激を受けていたのを思い出した。
スパイダーズの堺正章の高い声に心地良い思いをした記憶が蘇った。グループサウンズが出て来る、それまでは、古い股旅物や時代劇をイメージした曲やクラブやバーで歌うような曲ばかりで、軽快なサウンドが出て来て世の中を席巻した。そうすると堰を切ったように、加山雄三さんのエレキを使った曲が台頭する。
そうして、森山良子さんの登場で、フォークソングが学生を中心にヒットし始めた。丁度、古いものを破壊して新たな創造を目指した学生運動が全国を激しい勢いで、蔓延して犯罪に発展する。激しい激動の時代だった。夕陽一つとっても連動して多くの思い出が蘇る。
今日は疲れていたが、30分も眠ったらスッキリして元気を取り戻した。昨日、電話して安否確認しなければならなかった高齢者への確認電話をするのをすっかり失念してしまった。メールでの連絡で、失念したのを知った。その穴埋めに今日の夜7時半に連絡することを約束していたので、今日はしっかりと電話出来た。
公営企業に勤務している私より10歳年下だ。定年を迎えて短時間勤務者となった。7年前に、心臓の手術になり遺言を残して財産を離縁して手元を離れた娘さんとお孫さんに渡して欲しいと執行人にも就任した。無事手術は成功して現役復帰した。しかし、今後の事も考慮して任意後見と死後事務も公正証書を作成して、私が受任した。
その後も、毎年のように入院加療を必要とする症状が現れて、今回は膝の痛さが生活に支障を来たし、手術になった。その際の、連帯保証人や身元引受人に依頼されて署名した。その際の報酬を聞かれたが、私が財産管理も受任しているので、実質的な負担が発生しないので、無報酬で受任した。
大きな総合病院で手術をするので、事前の説明にも連帯保証人として同席求められて28日に病院へ行く事になった。手術当日も立ち会いを求められたので、向かう予定だ。
明日からは、仕事が詰まっているので頑張って処理したい。


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