通常の勤務に復帰
何か、新鮮な気分で出勤する。いつもの栄養ドリンク剤が無くなっていて、気分が落ち込んでいた。9時半に出発予定があって、僅か2時間半ほどの時間では纏まった仕事が出来ないので、細かい仕事を行った。
今日の10時に訪問する総合病院に入院している高次脳機能障害患者の、国民健康保険確認書受領手続きへの委任状を作成した。加えて。念の為に特定せずに国民健康保険に関する全ての権限を委任される委任状を作成した。
非正規従事者の44人分11月勤務実績が提出されたので、これから振り込み一覧に入力する為に基礎データを印刷した。
昨日帰阪した新潟でのお世話になった方へのお礼のメール作成して送信する。FAXにて、お世話になった方から、果物を送ったので受け取って下さい、とあった。
事務委任契約している方が入所している施設から、自動引き落としでの印鑑が何も合致せずとの連絡があった。振り込み手続きにて対応する事になると思い、銀行預金通帳とキャッシュカードの確認、暗証番号の確認を行った。
年末調整ソフトのダウンロードと、データ移行作業を行った。
三輪さんから、準備に少し要するとの連絡があって、それまで、音楽をYouTubeで聞こうといつもの、松山千春「旅立ち」を掛けて意気を高揚させた。
9時40分に出て、総合病院へ約束の10時前に着いて、地域連携室の担当MSWをお願いした。面談して、説明し代理で捺印をお願いした。その時に、請求手続きをしている労働者災害補償保険金の保管への依頼があり、事務委任契約上金銭の管理が明記されているので、了承したが、記録が残る銀行口座での管理が相応しいと希望を伝えた。
緊急入院していた医科大附属病院にて口座開設の支援をしたが、結果的に達成出来なかった。どうやら犯罪に巻き込まれて、自分の口座を詐欺グループに売り渡した過去があり、どの様な金融機関にても口座開設は叶わない様だ。
現金では、管理したくない。やはり口座に記録が残る管理が精神的にも楽なのだが、事情があるのでは仕方がない。
終わって外に出ると三輪さんがいない。メールを見ると、独居の母親宅に行くとあった。実は、朝来た時に母親に新潟からのお土産を買って来たので持って行く連絡をしたが出ない。何度か、携帯電話に連絡したり留守番電話に入れたりしたが一向に返事がない。ヒートショックのニュースもあったので、心配が最高朝に達して、不安に堪らず自宅へ向かったのだろう。
私は、この寒空に立ち尽くすわけにも行かず、徒歩で10分ほどの京阪百貨店に向かって、ベンチに座って待った。連絡が来たので、ここで待つとの返信をした。暫くして迎えに来た。
次に向かうのは、新潟へ出張していた時に委任事務契約をしている入院患者から依頼を受けた隣人が電話を掛けてきて、病院へ持って来て欲しいものがあって頼まれたので、お願いしたいとの事だった。
連日の連絡で、前日は患者の田舎からミカンが一箱送って来たのでどうしたら良いか聞いて欲しい、と言って来た。
車を差し向けて隣人に鍵を開けて貰って、着替えなどで、お婆さんからの依頼なので三輪さんが入室して確保して来た。面会時間が、午後3時から5時なので一旦マンションに戻った。
実は、この日の別件の約束が3時半からあって、病院の面会時間と重なってしまう。長時間相手せずに早々と打ち切って病院へ向かう気持ちになっている。
いつもの通り、待ち合わせの30分前に喫茶店に入った。暫くすると、本人から電話が入った。自分の都合で3時半にしたのに、3時に待ち合わせている〇〇ですがいまイオンモールに着きました、と言って来た。そういう人間なのだろうと思って黙っていた。
入店して来た。挨拶もそこそこに、話し出した。どこかの不動産屋から借り手の居ない物件を借りて、転貸するのだろうと、
「サブリースですか?」
慌てて、大きな声で、
「サブリースじゃないですよ。」
と、強く否定した。
何も悪い事ではないのに、何を慌てて否定しているのか。
説明を聞くと、不動産会社の抱えている不良物件を借りて、住宅に困っている人に転貸するプランを聞いた。
その物件が、今時、借り手がどんなに困っていても借りたいと思う物件ではなかった。厳しいと言ったが、持論を展開する。自分で酔ったビジネスモデルだと滔々と述べて、ウンザリした。
借り手は居ないと思うと致命傷の点を伝えた。ニーズに対する重要な点が欠如しているので、それもハッキリ伝えたがでかい態度で無駄な理屈を滔々と述べて、これ以上何を言っても思い込みが無くならないので、もう黙った。やっと、私の態度で理解して席を立った。
その時に、自分が飲んだ珈琲代を支払いたいと千円札を出した。いつもの通り固辞したが、テーブルの上においたので、面倒だから受けてお釣りを準備した。一般の喫茶店より高いので、レシートを見て、
「高いな。」
と、言って不満気に去って行った。
直ぐに、入院患者への支援の為に空き家となっている自宅へ行って持参して来た着替えなどを持って病院へ向かった。
受付で入館証を得るのに、退院した理由を告げた。通常は家族だけしか患者に面会出来ないが、独居である事を告げると納得して手続きをしてから入管証を発行してくれた。何度か来ているので、知っている病棟へ上がって行く。
ナースステーションへ立ち寄って、来た理由を告げて病室に向かう。病室は、個室から大部屋に移っていた。お婆さんなので、三輪さんに任せた。任務完了して病院を出た。
続いて不在票が入っていた宅配業者支店に配達物を取りに行った。夕方になった。栄養ドリンクが無くなったのでドラックストアに立ち寄って、2ダース購入して帰還した。
今日も二人から、居住確保支援の電話があった。段々と、周知して来た様だ。来年度から大幅に予算が増額されて、業務範囲も大きく拡大する。その為に、それぞれの分野に専門的知識が必須となる。人員も増やす必要があり人材育成も課題となる。
折角面白味が増す事業になるのに、年寄りになる悔しさを感じ始めている。
あの93歳の孤立している方へ立ち退きへ対応していたが、新たな転居先が決まって、審査に掛かっていた。新潟に行く前に、審査が通らずに私が借りてお婆さんに貸すサブリースに向けて動いた。当然だが不安も持っていた私の審査が通ったとの連絡が不動産管理会社から来た。緊急連絡先が三輪さんである。
その方が現在入居している大家さんが電話を掛けて来たので、その点を告げて無事契約通りに年末迄退去すると報告した。その上で、新たな居住地のカーテンや絨毯などの購入支援相談があったので、来週一杯埼玉県さいたま市と仙台市への帰省を終えた後に支援するとのお話しをした。
入居後、家賃集金を理由に月1回安否確認を行うことも伝えた。
同じく93歳のお婆さんが老人保健施設に入所したが、娘さんが関係断絶を通告して私が個人的に生活支援を行う契約を交わした。費用の銀行振替手続きに、銀行印を押印する必要があったが、娘さんから引き継いだ印鑑が大量にあって、全ての印鑑を押印した申請書を作成して手続きを行った。
今日、連絡があって全滅だったのでご本人を連れて銀行で改印手続きを今年中に取って欲しい、と連絡があった。
スケジュールを見ると、平日の隙間が無いので無理と伝えた。そうすると、10月入居だったので来年1月分まで一括して振り込んで欲しいとこ要請があった。了解した。


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