行政書士から拡張業務へ

基本資格行政書士を活用して代書屋からの展開

蘇る青春

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 最近、心の余裕ができて居るのか仙台で過ごした学生時代が思い出される。昭和30年代から40年代の、近代的ビル群が生まれる前の事や通学路の記憶、広瀬川沿いで遊んだ光景など懐かしい記憶が蘇ってしみじみしている。

 東北大学本部キャンパスが徒歩1分程度で、正門から入って芝生で寝転んだり学食で、天ぷら蕎麦を食べたり。一番多かったのは、テニスコートで三角野球を飽きもせず、毎日やっていた。何も悩みも無く、ただ、遊びに夢中になっていた時代だった。

 その奴が、まさか遠くの大阪で過ごす事になるなんて、当然だが当時はそんな思いなど至る訳もない。年に一度は帰省するが時に思って通学路を通って小学校に行ったりするが、何も変わっていないのに道路幅が小さく見える。

 小学校を卒業してから暫くしてクラス会に行った時に、卒業時の教室に入って自分が座っていた席に座った。学校の廊下が狭く感じ、机も椅子もこんなに小さかったか、と感じた。あれから60年も過ぎたか。私が通学した学校は全て創立100周年が過ぎた。特に小学校は明治5年、1873年創立だったと思う。

 そんな感情を引き摺って、大好きな松山千春の「時のいたずら」を聞く。続いて、村下孝蔵の「初恋」を聞き、その「初恋」のモデルになった、本当の初恋の人と対面した映像を見た。羨ましいと思って、自分の時を思い出した。確か、小学6年生の隣の席で何度も教科書を忘れて、特に記憶に残っているのが何故か音楽の⏰に2人で教科書を持って歌った記憶が鮮明に残っている。

 中学は同じ学区内だったが、キリスト教系の私立中学校に行ってしまったが、何故か顔が見れなくなると一層想いが募っていた。自宅の近くをよく通って声を掛けられて、赤面した事を思い出した。

 そんな事を思い出しながら、Googleマップで仙台市の地図を出して通学路やその会った場所などを見てみると、何と今気づいたがそこに教会があった。そうか、それで小学校卒業と同時にクリスチャンの学校に行ったのか。そんな事をしながら、「思い出の仙台」を聞いていた。

 朝から、何度も市役所とのやりとりが続いた。27日、私が市役所と構成している居住支援協議会を代表して、事業周知を目的に市内ケアマネジャー会100人程度を対象にセミナーを行う際の資料を作成した。

 そのコピーを市役所がしてくれるというので、ネットで原稿を送信した。昨日から、何度か送信したが、容量が大きいのか着かない。分割したが着かない。なので、USBで三輪さんに持参して貰う事にした。

 処が、何か分からないがUSBを挿入するとPCにアクシデントが発生すると言う。ならば、と原稿を持参する事にした。

 また、同じく先日来、賃貸住宅の契約の際に必要な緊急連絡先になって欲しいと焦っている申込者とも何度もメールしあった。ここ守口市も工事現場で働いているので、時間を見つけて事務所に来たいと言う。

 今月は、全ての日に予定があり隙間を見つけて時間指定した。しかし、夕方になって仕事が警備員なので、持ち馬を離れられない、と言う。自分がせいて面談要望して、結果的に難しいと言うのはどう言う事だ、と怒ったが報酬を契約前に支払うと言うので、口座情報を携帯へメールで伝えて契約書は自宅へ郵送する事にした。

 夕方、ネットで口座を確認すると入金されていた。明日、関西電力病院へ行くので直接自宅へポストインしようか、と思っている。

 午後1時から、zoomにてセミナー受講するので、今日もマンションに戻れず三輪さん何弁当を作ってくれた。ありがたい事です。

 午後の3時間のセミナーは、居住支援事業所の法制度改正中心に、本省、大学教授、先例を持っている東京都豊島区、神奈川県横浜市、広島市、などの発表が続いた。

 法制度改正は大幅で中身が濃く、より一層木目の細かいサービス内容になっている。それも、高度な充実した内容で幅広く専門性が求められる。私どもも、国の大幅に増額される予算措置に合わせて受け皿となるべく、人員を含めて対応策を真剣に考えたいと思う。

 zoomを見ているだけでも疲れてしまう。時に、目が疲れるのでモニターから目を外して眼を休めていた。