行政書士から拡張業務へ

基本資格行政書士を活用して代書屋からの展開

静かに仕事をするも、腹立たしさ治らず

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 今日は、昨日に続いて雲ひとつ無い青空が澄み渡り気持ち良い秋晴れの中、事務所に出勤する。直ぐに追われて居る業務に取り掛かる。細かい毎日の記録作業があって、進まない。この日々の記録が他の報告日々の記録と整合性が求められるので、いい加減な処理をすると大変な不誠実な提出物となってしまう。

 毎日の記録とスマホ2台持ち歩いて居るんで、その記録と誰と何を話したのかなどと一日ずつ付け合わせてやっと一行出来上がって居る。4月に指定されたので、8月時点までの記録になる。大変な作業です。昨日、2ヶ月分が終わって、次の月から頑張っても遅々として進まない。それでも、午前中半ばに終わって次の作業の目的を定めて資料を読み込んで、頭の中で計画を建てる。

 続いて、業務記録作成に移った。毎日の行動記録を一日ずつ時間と相手との氏名記録内容など明確な証明を記録する。2ヶ月で脳が破裂しそうになって、中断した。残り作業する時間を1時間と決めたが、体が言う事を効かない。13日夕方5時迄と決めて今日は終わりにする。残り数時間懐かしい昭和の曲を聴いて、将棋の棋士のyoutubeなど見て終わりにした。

 明日は、楽しみな大学駅伝のうち最初の出雲駅伝が朝9時からあるんで、午前中は仕事が出来ない。明日の午後と明後日最終日期限の13日午後5時迄に提出となる。次の厳しい仕事が控えて居る。まあ、仕事があるうちは頑張って行きます。

 今日も頭の中では、大変な事故に遭った方からの依頼で、全身付随になって機器によって生命を維持して居る方へのこれから支援を行う為に、委任状や依頼の契約などを得るために長年音信不通だった家族を探して事故に遭った状況報告などの為に、やっと時間を得て沖縄県に向かった。那覇空港から2時間半の山に囲まれた村役場に着いて相談してやっと10キロ離れた公民館を教えて頂いて、訪問したが誰も見当たらなかった。次善の教えを頂いて昔からのお店に伺ってclose直前の運営して居るおばちゃんに会って、親族先に連れて行って貰った。

 ここから、とんとん拍子に話が進んだ。兄だと言われていた方は父親で既に亡くなっていた。地元で息子会いたいと頑張っていた母親は今年の7月に105歳で亡くなったときいた。実兄二人は健在だった。何とか話が通じて今後の打ち合わせをして、翌日、帰阪する為に那覇空港に朝出航待ちしていた。そのとき、大阪から緊急電話が入って、支援する為に出張して成果を得て来たのに、そのご本人が亡くなったとの連絡だった。ショックが大きく自宅に戻って来る夕方まで、三輪さんと落ち込んでいた。

 問題は、近くに住んでいる自称知人の男性だが、何故か入院した時に病院に駆けつけて、どのような経緯か事故時に所持していた通帳やカード類をこの男が預かって、不安的中して纏まった金額を数回引き出していた。その後、自称支援者とことわって、医療費の支払いなど勝手に行なって手放さない。電話をしても、都合悪ければ出ない。通帳の話しをすると惚けて返事しない。ハッキリ言わない。このまま、この男が全て自分の財産のように使い込む事になる不安がある。誰も口挟むものが見当たらない。無職の生活困窮者だった男が、これからどのように