行政書士から拡張業務へ

基本資格行政書士を活用して代書屋からの展開

医科大付属病院、地元議員、大阪病院、うめきた公園

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 寒さを感じながら出勤して、出発が早いので大きな纏まった仕事は出来ないので、メールなどの対応をした。東京で毎月セミナーを受けている仲間に故郷仙台からの参加者がいる。時々お話しをしていたが、セミナーの主題である起業を実践して仙台市内にビルの1室を借りてコワーキングスペースとキッチンスペースを設置して、新たな起業家を育てる事業を運営する事になった。

 そのお披露目式を12月6日に開催するとのメールがあって参加要請があり、検討して予定が入らなければ出席するとの返事をした。参加ありがとうございます、とのメールがあって決心した。なので、6日は10時からとの事で前日仙台入りを決めて、仙台帰省の時に定宿と決めている仙台駅に隣接しているホテルメトロポリタン仙台の予約を取った。

 12月10日朝10時からとの事で、5日から二泊三日の旅程を立ててネットで予約して、ホッとした。その10日後に通常の毎年の帰省を予定している。なので、5日の帰省は散策だけで友人知人との会合は忌避することにした。

 医科大付属病院MSWから依頼があって、入院患者の家族と面会し退院後の方向を決めた。その手続きに向けて動くのに、必要な書類を作って貰うように直ぐにMSWに依頼して下さい、と依頼した。

 そのMSWから電話があって、どうなりましたか?と聞いて来たので、指示した内容を伝えた。しかし、その家族から何も言って来ないと言い、すぐに対応します、と言って彼女は忙しいので電話を切った。

 こうして、相談者が指導指示を無視して自分達が動かずやむに止まれず。手を出してしまう指導者に何度もやって貰おうとして動かない人が多い。何もしなければ、支援者が動いてくれるのを知り得ているのが何とも悩ましい。

 朝ポストから取り出した封書が普通の白封筒で、私どもへの事業者宛では珍しい。一般の方が市民同士でやり取りする物なのだが、誰だろうと裏側を見て、その氏名に覚えが僅かにあって思い出した。多分、塀の中にいる方だった筈だと確信して封を開いた。やはり、そうだった。

 数年前に初めて頂いたお手紙は、出た時の居住確保への不安感と確保に支援して欲しい、との要請だった。勿論、要望に応えるべく全力を注力する意志を伝えた。しかし、その機会は相当先の話なので、近くなったら動きましょうと返信した。最後のやり取りから1年を経過したこの日の手紙は、近付いて来たので具体的に動きたい思いが綴られていた。問題は、出た後の金銭的な懸念と保証人などの確保であると訴えてサポートを懇願されていた。

 確かに近付いてきたが、まだ、動くのは早過ぎる。面会を認められる様になって、来て欲しいとの事だった。面談して、安心して欲しいとは思うが、待ちきれずに思い掛け無い行動をされては、逆効果だなと思った。それでも、私の年齢から考えて引き継ぐ必要があるので、次の世代を連れて今年中に訪問したいと思っている。

 10時に三輪さんが来るのを待って出発した。午後大阪病院にて、連帯保証人となった方の手術前の医師の説明を同席する時間が1時間遅くなったとの連絡があったので、余裕が生まれたので、JR駅に向かった12月5日に仙台へ行く日と7日の帰りの新幹線チケットを購入しに大阪環状線福島駅に向かった。

 駐車場が近くに無くて、私の通院先の関西電力病院駐車場に停めて、徒歩で向かった。戻って来ながら、先日新たに見つけた鯖専門のお店に行って。昼食とした。三輪さんと同じ鯖半身塩焼き定食を頂いた。鯖は脂が乗っていて超お美味しく文句のつけようがないが、ご飯がひどい状態で出された。多分、昨日の残り物で、レンジでチンしただけのひどい物。不満を持ちながら、何とか終えた。

 車で、次の大阪病院へ向かった。彼とは、任意後見、遺言執行、死後事務という三点セットの執行人として就任している。公正証書での契約から5年経過しているが、毎年何らかの手術をしており、その都度入院費支払いの連帯保証人、不慮の事故があった場合の引き取りに資する身元引受人などになっていて、今日は膝関節の置換手術の保証人として、医師の事前説明に立ち会い要請が病院側からあったので、立ち会いをした。医師の手術前の説明はリスクのこれでもかという幾つものリスクの提供で、患者の意識が心配だった。

 気にし過ぎで心配性の彼には相当の精神的なダメージを与えた様で、夜にメールでそのような心情を訴えて来た。12月初旬に手術になるが、その日も立ち会い予定だ。