行政書士から拡張業務へ

基本資格行政書士を活用して代書屋からの展開

尾瀬の思い出から

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 午後から、外出して20日〆の常勤社員の給与計算を終えてデータを持って、振り込み手続きに三菱UFJ銀行ATMに向かった。炎天下で駅前ではミストシャワーが白煙ばりに放出されていた。先のマーライオンは、水を放出出来ずに佇んでいた。

 給与の他にも、長男から請求があって半年分の毎月出張経費百万円を超える請求があった。昨年は年間経費があって、3百万円を超えた請求があった。最新鋭のDX機器の設備費を含まれて居る。その他、東京事務所として上野に賃貸して居る居住兼用の事務所費として、毎月20万円、年間で240万円を負担して居る。

 長男には、小さな頃から好きなように最新鋭の機器を与えていた。おもちゃやゲーム機に興味が無く小学生の時に買い与えたパソコンは、まだ、Windowsが開発されていない時代だったが、機械言語で操作する物で70万円していた。

 長男も次男も塾というところに行った事もなく、成績優秀で教育費用も掛からず、特待だったので受験も簡単に形ばかりだった。育て易くて、二人ともSEやプログラマとして社会人となって居る。長男は、金銭的負担を考えずに自分の思う方向に進んで貰った方が良い結果を得て居るので、昨年から手伝って貰ってそのIT方面は丸投げで頼って居る。

 次男は、松戸市から小学一年生の時に大宮に転校した。引越しして来た時には、地域は造成地で雑木林が未だ沢山残っていた。数年のうちに林の木々は切り倒され湿地帯は埋められて整地され家々が立ち並びマンションが林立する。学校も生徒が急増し、中学校は市内1番の在校生徒数となった。

 その中学校に入学して、最初の中間テストにて次男はトップの成績だった。何百人分の1という成績表と通信簿の全教科オール5の評価を見た時には嬉しい気持ちより、これから苦難の道を歩む追われる次男を不憫に感じた。長男もトップ3に常に入って居る優秀さだった。長男は人間性を感じていた。次男は余裕の無いマシンのような印象だった。

 長男は友人も多く人生を楽しんでいるようだった。高校も私が親の身勝手で入学して欲しかった高校に入学して、自由を謳歌していたと思う。

 次男は、好事魔多しで転居した新築した部屋にホルムアルデヒドを多用していて、喘息の発作が頻繁に発症して大変な事になった。次男は2階に部屋を得ていたが、ゼイゼイという声が下に寝ていた私の部屋まで聞こえて朝まで続く。遂には、登校出来なくなり入院となった。退院して部屋に入ると、その瞬間から喘息が始まる。遂に、子供病院へ長期入院となって病院内で学習を受ける事になった。

 しかし、スポーツは得意で特に走力は抜きに出ていて400Mリレーのスタートを担って県中学新記録に貢献した。長距離でも駅伝大会にて区間新記録を打ち立てた。高校大学と推薦入学で、何校からか勧誘があって悩んでいた。二人とも、教育費は掛からずに社会人となってくれた。

 午後外出した時に、三輪さんが「夏の思い出」の歌を歌ったので、遙かな尾瀬の歌詞を聴いて、50年前に行った尾瀬沼の景色を思い出し、赤城山や三峯神社、秩父高原、軽井沢、などが次々と浮かび結婚してからの思い出に至って、子供の幼少から成人に至った。

 暑さも忘れて、思い出に慕った。良い夏の思い出だった。

 朝食は、昨日の昼食にと思って東京駅で購入して新幹線に乗り込んだが、眠ってしまって機会を失って持ち帰った弁当にした。半分だけ食べて、残りはお昼に回った。