行政書士から拡張業務へ

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親族との心理戦

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 午前11時から、老人保健施設に入所した超高齢者の娘さんと要望に応じて面談した。室内で転倒し、緊急搬送されて救急病院へ入院して超高齢者の割には精神や身体は健康で、骨折部分が治れば退院して自宅復帰されるだろうと、ご本人は思っていたと思う。

 しかし、元気で介護認定は受けられない心身正常だったので、地域包括支援センターがサービス支援で担当された。問題は、各種契約支払いなどの日常生活支援を担ってくれる者が必要で、人を介して私の方に依頼を打診して来た。

 病院内で面談をした。地域包括支援センター職員が、その都度説明されて身寄りが無く親族の娘さんが関わりを拒否していて、その必要な支援者として職業としているわたしの紹介をした。その意思を確認して、委任事務と死後事務契約を交わしてサポート実行に移った。

 その間、地域包括支援センター職員が唯一の親族である娘さんとお会いして、私の契約行為に必要な通帳などの財産、所有しているマンションへの出入りに必要な物件に入室する為のカード、マンションの室内に入る為の鍵、その他、健康保険証や介護保険被保険者証などの貴重品などを受け取って私へ引き継いだ。

 その間何度か病院へ訪問して、地域包括支援センター職員が、現状では歩行が困難で自宅に帰る期待ができないと医師が言っているので、病院から老人保健施設への転院しか選択肢が無いと、説明する。

 当然の事ながら、自宅へ帰りたい早く病院を出たいと訴える。言下に自宅での生活が出来ない、と地域包括支援センター職員から言われて抵抗も虚しく半強制的に、同じ敷地内にある老人保健施設に移送された。私は、この繰り返される光景に立ち会って、この超高齢者となって自分の意思が周辺の第三者によって妨げられる哀れな気持ちを持って唖然と見守っていた。

 これを囲い込みと言うのだろう。もう、どのように回復しようと自宅には戻れない。病院から老人保健施設に数ヶ月、リハビリで身体的回復して高齢者入居施設老人ホームへというルートが普通に行われる。高齢者も抵抗する事が無駄だと知って諦めの境地になって、言葉少なになってしまう。勿論、それが適切な時もあるが、、、。

 既に老人保健施設への入居が決まって、3回目の訪問時に、相談者と一緒に病院に隣接する施設に入って、入所に必要な書類の数々に対応した。その施設に入ってからも、自宅に戻してくれと言い抵抗する姿になす術も無かった。これが、関わりを拒否している娘さんが親族として親の希望を主張する事が出来たら、自宅への復帰は実現するのが現状である。なので、自分が高齢者となって自己主張を通すためには、親族との関係を良好にしておかないといけないのだ。

 これまで5回訪問しているので、往復時間を含めて1回当たり3時間で@9900円の5時分の費用が私には掛かっている。多分平均生存年齢を超えているので、このまま施設にてお世話になっても十分生活出来る財産は所持している。しかし、もし負担する現金が不足したらマンションを売却する話になっていた。

 そんな変遷を経て、今日の娘さんとの面談になった。表向きの面談理由は、権利証の受け渡しだった。人の生き様や親子に横たわる怨恨は想像もできないし、当然の事ながら知る由もない。

 地域包括支援センター職員の情報では、娘さんが幼少の頃に親子の間にあった何かが、70年の時を超えて、娘さんの澱んでいた記憶が蘇った。母親が90歳を超えて入院する事になってしまう。唯一の親族である娘さんが頼りになる筈だったが、入院に際して支援要請した病院から理由があって支援出来ないとの事で、病院が経営する地域包括支援センターにサポート依頼が来る。具体的な事務的支援を私が請け負うこととなった。

 事務所を出る時間近くになって、電話やメールが届く。菊ちゃんと複数の居住支援案件の打ち合わせ。OGとの新規事業の打ち合わせ。外部から、取引先の保険会社から福岡から出張するので、と日程調整する。三輪さんが待っている車に急いで乗って、面談場所のある奈良県境近くに向かう。

 近く迄来てホテルの隣接にある大きなマンションがその目的のマンションなのだが、近隣に駐車場が無い。ナビで検索しても見当たらない。時間も無いので、一番近く迄行って駐車した。間をおかず、急斜面の道を息を切って歩く。足が、疲労で上がらなくなったが、待ち合わせ時間が迫っているので休めない。

 やっと正面に待ち合わせの地域包括支援センター職員が見えたので、時間が過ぎていたし休めずやっと正面玄関に着く。息が完全に上がっていた。入り口で娘さんの部屋にインターフォンで通知してマンション入り口ドアを開けて貰って入館してエレベーターで目的の事務委任者の部屋に入る。

 同じマンションの別々の部屋に母娘が居住していると言う。娘さんと同じ年代の関係も紹介無かった、警戒せずにはいられないようなお婆さんがピタッとついて、大事な場に同席した。

 席に着くと同時に、娘さんが預かっていた母親のマンション権利証と定額貯金証書3通を差し出して来た。初めて顔を合わせる私にも、私が契約している死後事務実行時想定に際して、連絡や必要な手順を確認したが、一切連絡無用と通告書された。相続人としての立場も放棄したとの事で、今日のところは引き下がる事しか出来なかった。

 最近の多い親子、親族関係がここにもあった。多くの時間を要せず、預かり証を作成して、手渡して終わった。

 長時間をかけて、戻って来た。昼食はイオンモール内の洋食屋さんで、久しぶりにハンバーグステーキを頂いた。

 居住支援事業のトラブル相談を菊ちゃんから受けて、処理を話し合った。保健所から居住支援相談があった。

 大阪市市府民税部署からの、正規から非正規に変更した職員の手続きについて、面倒な話があった。