行政書士から拡張業務へ

基本資格行政書士を活用して代書屋からの展開

悪手で結果を得る、相談者も涙

kenn

 午前中から、押し付けられた形になって、いつの間のか好まぬ主体となった。昨日の事である。二重障害を持っている夫婦の住居確保である。1週間前に北海道から、この大阪の地に辿り着く。何故、大阪のこの地に来たのか理由は分からない。

 その日の宿泊する地を住み込み条件の職場に雇用されて、寮と言う名の部屋に夫婦で住み込む。問題は条件の仕事をすると言う事が守れず拒否する。当然の事だが、退去勧告を受ける。その期限が23日と言う。

 生活保護申請した市役所に行く。当社に電話して相談するように助言を受けて、居住支援相談の電話を受けて支援がスタートする。初めてのケースで、普通では居住確保が困難事例を受けれて実現を計る不動産仲介業者へ相談する。何度も当時者とのやりとりをして、纏まらず。

 不動産仲介業者が所持している自社物件の紹介を受けて現地確認を実施する。しかし、気に入らずに保留になる。不動産仲介業者も、金銭的なトラブルがあるので、保証会社の審査が通過するか懸念されるとの情報があった。

 そうして、今日を迎えた。午前中に懇意にしている別の不動産仲介業者に依頼して、融通か利く物件の紹介を受けて内覧をして、ある部屋を希望して家賃保証会社の審査を受ける為に、これも融通が効く家賃保証会社に審査請求を依頼した。

 その時点で、紹介物件の近くにある当社の事務所にて休憩して、担当の菊ちゃんから私に電話が入る。事務所に来て面談してくれと言うわけである。しかし、私が面談する理由がないので、断る。問題案件に後ろ向きで、今後、何が起きるか懸念される。私に手を付けて貰って、身軽に成りたいと思うのは理解出来るが、それに対処出来るほど余裕はない。

 不動産仲介業者に電話が代わる。申込書を完成させる為に、私が緊急連絡先になってくれと言う訳だ。仕方がないが、有償なら受けるとの返事をする。そこまでで勘弁してもらって、午後からの打ち合わせに出掛ける。

 お昼に出発して。先ずは腹ごしらえとばかり、最近、通う鰻と刺身、天麩羅が一気に頂ける百貨店グルメフロアに向かって、混んでいたので暫く並んで待つ。

 ここは、元は鰻屋さん。余りお客様が入って居る感じは無かったが、今度水産会社が買い取ったのか、〇〇水産という文字があちこち見るようになったのと、鰻と刺身を組み合わせたメニューが功を奏して、お客様が並ぶようになった。

 それがまた、美味しいし値段もギリギリ納得できる金額だ。ユーザの思いを叶えた格好になった。今日も美味しく頂いた。鰻も大好きで、国産しか食べないので、嬉しい。刺身もマグロが絶品で、さすが、水産会社。半端じゃ無い厚切りなのでマグロの味が堪能できる。

 メニューも豊富で、組み合わせも沢山の種類があって、毎回、変えて食べて見ようと思っている。昼食を堪能して、駅前事務所で新たな事業の打ち合わせがあるので、手土産を購入しに地下食料品売り場に行って、全国のお土産品販売コーナーにて岐阜県中津川など複数のお菓子を購入して、事務所に向かった。

 当社OGで、半年に掛けて大阪市が実施して居る新規事業スタートアップ研修を受けて、新規事業の勉強をしている職員と今後の準備や具体的な戦略の会議を開いた。2時間みっちり行って最後のテーマを迎える時に、お客様が来た。

 午前中に電話で営業に来たいとの話しがあった葬儀社だった。全国で200箇所の葬儀所の展開をしているが、既に協定している葬儀社が数社あるので、断ろうと思ったが何故か約束してしまった。

 営業は基本受けないので、何か、感じる事があったのかも知れない。その約束時間が午後4時だった。自社の会議は2時間程度で終わる想定だったもう少し時間が欲しかった。

 しかし、この大手葬儀社との要望のあった提携は結ぶことにします、が手数料や紹介料は受けない事を告げて、必要があれば行政書士資格生かせる案件の紹介求めた。

 その後は、長時間に亘って、葬儀業界の事業展開について私なりの思いを伝えた。例えば、納骨堂、合祀施設、無縁仏墓石の保管受け入れ、改葬御礼などのお礼状、などの自分が学んで実行したい事業を話しした。

 感心されて、これまで営業で会った士業でもそこまで検討したり学習して居る人は居なかった、との言葉があった。今後に向けた協働事業に期待です。

 遅くなって、マンションに戻って来た。菊ちゃんから、朝からの案件について、報告があった。

 『お疲れ様です。

朝方のK夫婦の件ですが審査が通って25日入居になったそうです。

パレス4階端です(玄関側)それと以前の病気で解雇されて派遣会社の僚にいたFさんも契約が済んで今日から入居だそうです。

不動産仲介業者のTさんに契約書メールお願いしました🤲

 K夫婦に電話したら今日はさすがに心配したみたいで電話口で皆さんに良くしてもらってと泣いてました。』