行政書士から拡張業務へ

基本資格行政書士を活用して代書屋からの展開

担当を引き継いで、少し楽に

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 沢山溜まっている事務処理を思い出しながら、何をしようか考えた。楽な方に流れる気持ちを抑えながら、途中で作業が止まっている相続手続きを手掛ける事にした。

 スキルが低い私にとっては少し困難で、大阪で亡くなった方の死後事務契約を、ご本人と故郷の鹿児島県出水市の姪御さんと交わしていた。丁度、魔が悪い東京出張時に亡くなってしまった。

 戻ってきてから、行政への手続きや火葬、葬儀などを行った。加えて、ガス、水道、電気、電話の解約停止手続きをして、賃貸住宅の明け渡しをして、概ねの契約内容をクリアしてご遺骨を鹿児島県出水市の姪御さんにお届けした。

 しかし、突然、亡くなったのでご本人の口座に関する情報は聞き出せて居なかった。口座も閉鎖されたので、相続手続きをして貰うつもりで姪御さんにお届けしながら、手続きをお伝えした。それが無いと、私が警察署でのご遺体保管、鑑定料、緊急入院した費用、葬儀関係など費用を立て替えて居て、家賃未済を含めると50万円弱で、姪御さんの負担では年金生活なので酷だと思うので、相続手続きを取る様に進めた。

 しかし、娘さんも同席して話し合って、結局、自分は出来ないとの事だったので、私が受任した。田舎の事なので、自分が主体になると親族に何を言われるのか心配だったのだ。

 受任した私が、最初行ってご本人の本籍を戸籍謄本、住民票で確認した。本籍地は姪御さんに聞いていた鹿児島県出水市ではなく、熊本県水俣市だった。

 取得した戸籍謄本を見て、本籍地の熊本県水俣市に相続関わる全ての関係戸籍、住民票など求めた。処が、送付されて来たのは戸籍謄本1ページだけだった。私は、亡くなっている両親の他の兄弟の情報が欲しかったので、電話して事情を聞いた。

 そうすると、初めてのケースに驚いた。両親が、鹿児島県出水市から熊本県水俣市に転居して本籍地を移した。大阪に出た本人が結婚を機に本籍を鹿児島県出水市の親の籍から大阪に移した。その後、奥さんが亡くなって子供もいない一人になったので、自分の籍を両親が移した熊本県水俣市に移したので、戸主の父親の籍には三男の本人しか入籍されていなかった。

 つまり、新たに水俣市に親が作った戸籍に後から三男の亡くなった方が大阪から入籍する。私が辿り着いたのは、親の水俣市にある戸籍で兄弟は掲載されて居なかった。今度は、親が以前作成して居た出水市にあった戸籍を入手しないと先に進まない。時間も無いので、出水市役所にいくことにした。

 宿泊するつもりなので、安い料金になる月曜日に宿泊日を設定した。土曜日だったら3倍くらいになっていた。15日に決めて、ネットで予約しました。

 10時半からzoomで、ソフト開発事業者の話しを聞いた。色々と新規事業へ活用出来るソフトを見繕っているが、中々見つからない。そんな中でも、少し利用して見たいと思った事業者へ説明を求めた。聞いた内容だと、それ程活用価値が見いだせ無かったので、その様な表現を終始していたので、相手も意欲を失った様な感じだったので、打ち切ったが私が言った内容に対応できる様なソフトを作れるか、検討して返事をくれる事になった。

 次に取り掛かったのが、補助金事業の実績報告の数値を算出して進めていた。ふと、時計を見ると12時を回っていた。慌てて、片付けてPCの電源を落として帰り支度をした。

 午後は、施設に入所している金銭管理と事務委託を受けている入所者を、知己の行政書士に引き継ぐ為に施設訪問があるので、訪問準備をしたが、昨夜、施設長から電話があって緊急事態が発生した様で、訪問時間に不在になるとの事だった。

 昼食は納豆とスクランブルエッグを作って食べた。三輪さんが、和服のリフォーム講習を受けに出掛けて居たので、戻って来るまで休憩していた。2時過ぎに戻って来て、寝屋川市にある施設迄20分位だった。早めに着いたので、駐車場で時間調整して居た。引き継ぐ行政書士は、家が近くで施設は知っていると言っていたので、間違えずに来るだろうと安心して待機していた。

 3時約束で、10分前に何と施設玄関前の駐車場で待っている前を自転車で通り過ぎて行った。分かっていると言っていたが、知らなかったのだ。電話を掛けたが、虚しく発信音が鳴るだけだった。遠目に通行人に聞いている様な姿が見えたので、再度、電話したが出ない。

 近隣に居ながら、避けているような角を曲がったり、諦めて放って居たが、何とか暑い中を辿り着いた。電話した事など事情を話しをすると、恥ずかしい顔を見せた。

 施設の中に入って、職員に用件を告げてサポートする入所者の部屋へ向かった。いつもの様に、布団を被ってテレビを見ていた。このテレビも私どもが無償で遺品整理品を与えてものだ。

 これからは、同行した行政書士が担当する事となったと伝えて、同行した行政書士を紹介した。暫く、現在の身体的状況や困った事や叶えたい事を聞いた。特に無いので、一年前から検討している成年後見審判申立の希望を確認した。通常の事は、麻痺は残っているが何のトラブルも無く出来るし、精神的なマイナス面も見当たらないので、当分は申立を見送る事にした。

 戻りながら、三菱UFJ銀行、京都銀行、郵便局、コンビニと寄って、支払いなど手続きしながら戻って来た。